Wednesday, 18 September 2019

東京へ

 去る9月14~15日、東京の北千住へ。
 帝京科学大学で開催された日本宗教学会第78回学術大会に参加する。
 今回は登壇の機会はなく、個人発表とパネルを拝聴(会議もあった)。
 とりわけ印象深かったのが、15日の午後に行われたパネル「近代仏教と遠忌─インフラ・国家メディア─」である(代表は、武井謙悟氏)。
 「遠忌」に注目し、4宗派(真宗、真言宗、曹洞宗、日蓮宗)の動向を、①インフラ(鉄道、道路、伽藍整備、施設)、②国家(天皇との関係、勅額、諡号、法制度)、③メディア(雑誌、新聞、パンフレット、映画、写真、グッズ展開)の3点の視座から分析し、その特徴を見出そうとした意欲的な内容。
 登壇者と発表内容は、以下の通り(敬称略)。

近代化する御遠忌─東西両本願寺の大規模事業と親鸞像 大澤絢子(大谷大)

高野山の御遠忌と近代化─大師信仰と伝統の再編編成 井川裕覚(上智大)

近代曹洞宗の遠忌─鉄道開通後の永平寺と移転後の総持寺 武井謙悟(駒澤大)

日蓮門下と記念事業─降誕七〇年から六五遠忌への道程 ユリア・ブレニナ(大阪大)

コメンテータ・司会:碧海寿広(武蔵野大)

 じつは会議があり、途中からの参加となったのだが、全員のレジュメを拝読し、コメントとそのリプライ、会場との質疑応答を拝聴し、その充実した内容に感服する。
 近代仏教の新しい研究領域の開拓であり、今後の研究の大いなる可能性を感じさせる内容だった。
 さらに注目すべきは、発表者が全員が30代前半の同じ年齢ということである。碧海氏をはじめとする、いわゆるアラフォー世代(または黄金世代)が現在、日本の近代仏教研究を牽引しているが、その下の世代がそのプレゼンスを鮮烈に示した歴史的な場面なのではないか、と思った。
 パネル終了後、浅草で行われた打ち上げに、私も参加させてもらった。とても楽しいひと時だった(それにしても、近代仏教研究者は仲が良い)。
 これで、この夏の出張はひと段落。来週から、秋学期の授業が始まる。

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Thursday, 12 September 2019

大分へ

 去る9月9~10日、大分へ。
 第2回浄土宗九州地区布教研修会にお招きいただき、登壇する。大会テーマは「簡素化の進む葬儀を考える──説得は如何に」。
 初日に講師の一人として、「葬儀の行方 ──その歴史と現状から考える」と題し、近代仏教研究と宗教社会学の知見にもとづき、葬儀の歴史と現状についてお話しさせていただく。
 二日目は他の講師3名と一緒に登壇し、シンポジウム。私の話は拙いものだったが、他の講師のみなさまのお話や聴衆として参加されていた九州地区の各教区の方々のご意見に学ぶことが多く、大いに勉強になった二日間だった。

 大分入りする前、連日の早朝出勤で何とか論文を1本仕上げて、出版社に入稿。相も変わらず、「あちらこちら命がけ」(坂口安吾)。

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Tuesday, 03 September 2019

静岡へ

 去る9月1日、静岡へ。
 清水区の臨済宗妙心寺派寺院・龍津寺(勝野秀敏住職)で行われた現代宗教ワークショップ「仏教の今を考える」に登壇。
 プログラムとスタッフは、以下の通り。
 (龍津寺おじま観音のfacebookより引用)

勝野秀敏(龍津寺住職)「お寺からの出家─必要とされたときに手の届くところにいるために」
大谷栄一(佛教大学)「ともに生きる仏教─お寺の社会活動を考える」
高瀬顕功(大正大学)「社会参加仏教を考える─路上生活者支縁の現場から」

企画・コメント 吉永進一(舞鶴高専)
司会とコメント 白波瀬達也(桃山学院大)
会場設営と記録 穂波慶一(龍谷大)
受付 嵩宣也(龍谷大)

 静岡大学の小二田誠二先生と院生のIさんにも大変お世話になった。
 地域社会におけるお寺の役割、「お寺の社会貢献」の定義、研究と実践の関係、お寺の社会活動の担い手の問題等々、大事な問題が話題になり、議論された。
 龍津寺の活動に関わっておられる方々の声も聞くことができ、大いに得るものが多かった。
 関係各位に心より感謝申し上げます。

 翌日は、小二田先生にご案内いただき、清水区の日蓮宗寺院・龍華寺へ(通算すると、3回目の訪問)。
 小倉住職にご挨拶し、お寺や境内、高山樗牛館をご案内いただく。
 また、樗牛のお墓詣りもさせていただく。拙著『日蓮主義とはなんだったのか』で樗牛のことを取り上げており、今回、どうしてもお参りがしたかった。墓前で拙著刊行を報告することができた。
 龍華寺を後にし、小二田先生の車で日本平にも連れて行っていただく。その展望台からも雄大な富士山を仰ぎ見る。また、戦前、国柱会の本部・最勝閣があった貝島も確認でき、戦前の最勝閣と富士山、三保の光景を思い浮かべることができた(気がする)。
 来週も出張が控えており、その準備と原稿に勤しみたい。

 写真は樗牛の像と樗牛が見つめる富士山(二枚目の写真をクリックすると、画像が拡大し、富士山が見えます)。

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Monday, 26 August 2019

新著『日蓮主義とはなんだったのか─近代日本の思想水脈』(講談社)の刊行

 去る8月22日、7年ぶりの単著『日蓮主義とはなんだったのか─近代日本の思想水脈』(講談社)が発売されました。
 四六判668頁という厚さになりましたが、明治中期から戦後にかけての日蓮主義の歴史(通史)をまとめた著作です。
 お手に取っていただけると幸いです。
 どうぞよろしくお願いいたします!

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仙台、山形、南丹市へ

 先週は、仙台、山形、京都府南丹市へと、出張が続いた。
 まず、8月21日、東北大学で共同研究「越境する日蓮主義の基礎研究」の第1回勉強会(現在、コアメンバーは4名)。今後の活動方針を検討する。その日のうちに、共同研究メンバーのS先生の車で山形県鶴岡市に移動。
 翌22日、S先生にご案内いただき、三森山のモリ供養を見学。ついで、天童市に移動し、若松寺でムカサリ絵馬も見学させていただく。民俗学的知見を深める得難い機会となった(S先生、誠にありがとうございました。)。
 その日のうちに、列車で京都に戻る(車中では、大澤絢子『親鸞「六つの顔」はなぜ生まれたのか』筑摩選書を熟読)。
 休む間もなく、23~25日、3回ゼミ生たちと京都府南丹市の美山町へ。昨年に続き、上げ松のフィールドワーク。上げ松(地域によっては「松上げ」)は洛北の山間部で行われてきた愛宕信仰に由来する火祭りで、お盆の精霊送りと火災予防、五穀豊穣を祈願する神事(実施日は24日)。
 準備から実施、後片付けまで関わらせていただき、学生ともども貴重な体験をさせていただいた。
 以上のように、先週は民俗信仰プラクティスを存分に感じ、体験する日々となった。 
 お世話になったみなさまに深謝申し上げたい。
 (しかし、この夏に書き上げるべき複数の原稿執筆が当初の予定よりかなり遅れているので、何とか挽回したい。)

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Monday, 12 August 2019

下鴨納涼古本まつり

 休日だけれども、いつも通り、出勤し、原稿の執筆。
 (今週は通信課程の3日間のスクーリングもある)
 昨日は「下鴨納涼古本まつり」へ。今年は何とか初日に参加できた。
 近代仏教関係を中心とする以下の書籍を、其中堂、福田屋書店、三密堂書店、玉城文庫にて購入。

 ・佐々木亨編『佛教新演説』(明昇堂、1891年)
 ・清水梁山『日蓮聖人御遺文講義』第六巻(唯一仏教団、1910年)
 ・『同』第七巻(唯一仏教団、1912年)
 ・松井日宏『法華を生きる─松井日宏自伝』(東方出版、1981年)
 ・『研究年報 日蓮とその教団』第2集(平楽寺書店、1977年)
 ・『同』第3集(平楽寺書店、1978年)
 ・浅野研真『社会宗教としての仏教』(大雄閣、1934年)
 ・寺本哲栄編『徹定上人』(総本山知恩院、1990年)
 ・『大谷大学百年史』「資料編別冊 戦時体験集」(大谷大学、2004年)
 
 灼熱の中での古本探索になったが、まずまずの釣果。
 今週後半のスクーリングでは、受講生のみなさんと千本ゑんま堂にお精霊送りの様子を見学に行く予定なのだが、台風が接近しており、かなり心配である。。。

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Saturday, 10 August 2019

残暑お見舞い

 残暑お見舞い申し上げます。
 先週と今週は、定期試験の採点と4回ゼミ生の卒業リポートの添削に専心し、何とか終える。これで春学期の授業が終わり、一息つく(ただし、来週は通信課程のスクーリング)。学生のみなさんにはお疲れさまでした。
 この夏も、例年の如く、原稿(論文)の執筆(と新たな単著)に取り組む予定(各方面にご迷惑をおかけしている)。東北での研究会、南丹市での調査など、遠征もあるので、計画的に日々を過ごさねば、と思う。
 現在、京都はお精霊迎えの時期。昨日(8月9日)は京都市中京区壬生にある壬生寺の六斎念仏を見学。
 明日からは、下鴨神社で下鴨納涼古本まつりが開幕。この「伝統行事」にも何とか参加したいが、それがかなうかどうか。

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Saturday, 13 July 2019

コンチキチンと新著

 祇園囃子のコンチキチン(のCD)が町中に流れる時期になった。
 京都は祇園祭の季節である。昨日、四条通りを通ったら、前祭の鉾建が行われていた。
 こうした年中行事によって、季節の移り変わりを体感できるのが、京都暮らしの良さである。

 さて、8月22日、新著『日蓮主義とはなんだったのか──近代日本の思想水脈』(講談社)が刊行される。
 本書の概要は、→こちらをご覧いただければと思う。担当編集者のYさんが力のこもった紹介文を書いてくださった。
 大学院に入学した1992年に日蓮主義の研究を始めてから、四半世紀以上が経った。本書は、前著『近代日本の日蓮主義運動』(法藏館、2001年)とその後の研究(妹尾義郎、石原莞爾、高山樗牛、宮沢賢治、井上日召等)をベースに書き下ろした作品である。私の日蓮主義研究の中間決算的な作品となった。
 完成まで五年を要し、いのちを削って書き上げた(というくらいの気持ち)。自らも刊行を楽しみにしたい。

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Sunday, 07 July 2019

ゲラとルーティーン

 あっという間に7月である。
 この数ヶ月、単著の校正にひたすら追われている(詳細は、情報が解禁となったら、お知らせしたい)。この土・日も出勤(土・日出勤が続く)。
 『近代仏教という視座──戦争・アジア・社会主義』(ぺりかん社、2012年)を上梓以降、編著・共編著・共著は毎年刊行しているのだが、なかなか単著が出せない状態が続いてきた。なので、今回は7年ぶりの単著となる(ほかにも同時に書き進めている単著もある。(-_-;))
 その校正作業だが、学期中は学務や校務でどうしても昼間に時間が取れない。また、夜から深夜に作業をするのも体力的に厳しくなっているので、以前から、切羽詰まった仕事がある時は、早朝に出勤している(それが最近は久しく続いている)。
 大学が開門する午前6時に出勤し(そのため、5時起き)、研究室に到着したら、パソコンを起動し、音楽をかける。お香を薫じ、一保堂の京番茶を淹れる。前日の夜に妻が作っておいてくれた朝食(おにぎらずか、サンドイッチか、調理パン)を食べてから、ゲラ校正に臨む。
 こうした生活パターンがルーティーン化している(しかし、これはこれで体力的に大変なので、もうそろそろ、こうしたルーティーンも終わりにしたい)。
 最近、早朝の仕事の際に愛聴しているのが、miho ota + tatsuro yokoyamaconcone2018年)。miho otaは聖歌隊CANTUSのリーダー(『Hodie』は名盤)。tatsuro yokoyamaはポーランドを拠点に活動するピアニスト。
 
このアルバムは、ヴォカリーズ(歌詞のない歌)とピアノで構成された本当にシンプルな作品集。「コンコーネ」は、 声楽家をめざす誰もが勉強する練習曲集とのこと(雨と休日のオンラインショップで購入)。仕事の妨げにならず、心平らかに作業に打ち込める。
 また、OKI(樺太アイヌの伝統弦楽器トンコリ奏者、音楽プロデューサー)がプロデュースしたMAREWREW(マレウレウ。アイヌの伝統歌「ウポポ」の再生と伝承をテーマに活動する女性ヴォーカルグループ)の『もっといて、ひっそりね。』2012年)もよい。研究室でかけるほか、通勤の際にもipodで聴いている(頭脳警察やFrictionも聴いている)。
 京都は祇園祭のシーズンになった。よい本をみなさんにお届けできれば、と思う。そのために、今少し、ゲラ校正に励みたい。

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Tuesday, 04 June 2019

第27回日本近代仏教史研究会研究大会のシンポジウムに登壇

 先週末は、第27回日本近代仏教史研究会研究大会に出席するため、東洋大学へ。
 今年は発表者が25名(うち2名がキャンセル)を数え、3部会に分かれての開催(研究会史上、初めてのこと)。拝聴した個人発表はいずれもクオリティが高く、大いに勉強になり、刺激になった。
 私はシンポジウム「井上円了/哲学館/近代仏教」に登壇し、「「新しい仏教」とは何か──井上円了と哲学館系新仏教徒」を発表。質疑応答の時間がほとんどなかったのが悔やまれる。
 大会終了後も東京に残り、佼成図書館で資料収集したのち、帰洛。
 帰路の列車の中では、亀山光明氏(東北大学のオリオン・クラウタウ門下の院生)より頂戴した修士論文「近代日本における戒律復興運動の展開──釈雲照の思想と行動を中心として」を拝読する。
 釈雲照の思想とその戒律復興運動を事例として、近代日本仏教史におけるプラクティスをめぐる語りの変遷を検討し、ビリーフ/プラクティス概念の枠組みの妥当性を再検討した力作。本論は、「近代日本の宗教言説を実践面にまつわる語り方から逆照射する」ことを意図した論考でもあり、今後の研究の展開に大いに期待したい。

(シンポジウムの登壇者紹介の際、過分な紹介を頂戴したが、実際はアラフォー世代の研究に遅れぬよう、彼ら・彼女らの背中を追いかけているのが実情。新しいアラサー世代も登場しており、研鑽を積まねば)。

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