Friday, 29 May 2020

7日間ブックカバーチャレンジ

 7日間ブックカバーチャレンジのお誘いを頂戴したので、チャレンジしてみた。
 これは、自分が好きな本を1日1冊選び、本についての説明なしで表紙画像をFacebookへ7日間アップを続けるというもの(その際、毎日1人のFB友達を招待するのがルールなのだが、この招待は省略した)。
 以下、私が紹介した本の表紙画像。テーマは「黒い本」(あえて近代仏教を外してみた。7日目だけは「赤い」近代仏教)。


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Saturday, 23 May 2020

オンライン授業

 オンライン授業が本格的に始まり、2週間が過ぎた。
 ようやく、ペースがつかめてきたものの、まだまだ授業準備と運営については手探り状態が続く。
 私が担当している授業の形態は、オンデマンド型授業(映像・音声配信型)と同時双方向型授業(web会議システムを利用したリアルタイムの授業)にわかれる。
 少人数(6~20名)の3回ゼミと4回生ゼミ、1回生対象の入門ゼミ、2回生対象のプロジェクト演習はzoomを用いて、リアルタイムでやりとりをしながら実施。
 数十名の受講者を数える宗教社会学と現代社会学特殊講義は動画・音声・資料をGoogleClassroomにアップロードし、学生たちが自由な時間にそれらを視聴・閲覧し、私が定めた期限内に課題を提出するというやり方で実施(ただし、リアルタイムでのグループディスカッションも含む)。
 とくに、オンデマンド型授業の録音にはそれ相応の時間と労力を要する。以前、放送大学のラジオ放送の授業を担当したことがあるのだが、その際にはディレクターと録音技師の方にサポートいただきながら、務めることができた。今回は(当たり前のことだが)すべてを自分で行わなくてはならない。学生に見やすい、聞きやすい授業になっているか、つねに不安がつきまとう。
 なお、宗教社会学についてはチャット形式でグループディスカッションも行っているのだが、通常の対面授業でのアクティブラーニングと比べると、おそらく学生も物足りなさを感じるであろうと思う(それでも、やりとりができるだけ、ありがたいのだが)。
 京都では5月21日に緊急事態宣言が解除され、少しだけ緊張感から解放されたが、完全に従来の日常生活に復帰できるわけではないので、まだまだ状況は予断を許さない。とはいえ、学生にとっても私にとっても、多少なりとも、気分が前向きになれば、と思う。

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『日蓮主義とはなんだったのか』のオンライン書評会の開催と御礼

 去る5月16日(土)、第24回「仏教と近代」研究会として、拙著『日蓮主義とはなんだったのか─近代日本の思想水脈か』(講談社、2019年)のオンライン書評会を開催いただきました(Zoomを利用)。
 当日は、ありがたいことに60数名を数える方々にご参加いただき、(私のリプライは不十分だったものの)緊張感あふれる(?)充実した会になりました。
 企画・運営いただきました碧海寿広さん、オリオン・クラウタウさん、評者を務めていただいた梅森直之先生、ユリア・ブレニナさん、碧海さん、司会を担当いただいたクリントン・ゴダールさん、そして、ご参加いただきましたみなさま、誠にありがとうございました。
 今回、ブレニナさんには日蓮主義研究の立場から、碧海さんには近代仏教研究の立場から、梅森先生には政治思想史研究の立場から、それぞれコメントをいただきました。いずれも的確で鋭利なご指摘ばかりで、返答に窮しました。
 事前にレジュメを頂戴したこともあり、三人へのリプライを、以下の6点にまとめました。

1 日蓮主義研究の問題設定とアプローチ
2 「実証的な社会学的アプローチ」をめぐって
3 「日蓮主義」概念の定義と「日蓮主義の境界」
4 類型化の問題
5 田中智学の天皇/国体論
6 日蓮主義の近代性

 一つ一つが大きな論点のため、十分に応答できなかったので、今後の自らの研究の中で対応させていただきます。
 最後の総合討論でも多岐にわたる話題や論点について意見が交わされ、時間を惜しみつつ、終了となりました。
 お世話になりましたみなさまに、重ねて御礼申し上げます。

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Saturday, 25 April 2020

どうにも調子が

 コロナ禍による非常事態によって、2週間前、研究室から自宅へ退却。自宅で仕事をしているが、どうにも調子が上がらない。
 11年前に現在の勤務先に着任してから、基本的には日曜日以外は出勤し、研究室で仕事をしている。研究のための文献や資料は研究室にあり(研究室に収まらないものは別の場所に保管)、自宅では仕事をしないことにしている。しかし、今回はさすがにそういうわけにはいかない。もし、自分が感染したら、多方面に多大な迷惑をかけることになる。それは避けたい。
 そこで、現在抱えている原稿を執筆するために必要な文献と資料(と授業準備に必要なもの)を段ボール4箱に詰めて、研究室から自宅へ送った。
 自宅でひらすら仕事に励んでいる。遠隔授業(オンデマンド型講義)のための準備、メールでの会議、Zoomによるオンライン授業(3回、4回生のゼミ、プロジェクト演習、入門ゼミ)等、学務と校務を行っている。
 くわえて、原稿執筆に取り組んでいるわけだが、その調子が悪い。いつもながら数本の原稿を抱えつつ、いつも以上に呻吟している。
 昨年2月下旬に右足首を骨折し、その時も1ヶ月以上、自宅にこもり、不自由な体で仕事をしていた。その時と比べると、体調はよく、それほど陰鬱な心持ちではないのだが、なかなか執筆が進まない。致し方ないことであるものの、仕事のリズムが明らかにくるっている。
 「もし人生より難を除き去らば、天地は光なく、人は力なきに至らん」。これは、田中智学の言葉である。このメッセージの背景には、「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(『開目抄』)にみられる日蓮の受難精神がある。
 諸難を真正面から受け止め、それをばねに、生きること。
 自分にできることはあまりにも限られている。であれば、与えられた仕事をきちんと仕上げることに専心すべきであろう(すでに各方面に迷惑をかけているのだから)。と、夜空を見上げながら、思う。

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Wednesday, 01 April 2020

菊地信義氏の装幀

 今年(2020年)1月19日、京都市上京区の枡形商店街にあるミニシアター出町座で行われた『つつんで、ひらいて』特別先行上映イベントに、妻と一緒に参加した。
 この映画は、「装幀者」菊地信義氏と本をつくる人々(編集者や印刷会社等)を取り上げたドキュメンタリーである(監督は広瀬奈々子氏。2019年12月公開)。出町座での公開に先立つ先行上映がなされ、上映後は菊地氏(「先生」と呼ぶべきところ、「氏」で失礼する)
と広瀬監督によるトークショーが催された。
 1943年生まれの菊地氏は、1977年に独立して以来、1万5000冊以上の書籍の装幀を担当されてきた。装幀を手掛けられた作品の一部は、『菊地信義 装幀の本』(リブロポート、1989年)、『装幀=菊地信義の本 1988~1996』(講談社、1997年)、『菊地信義の装幀』(集英社、2014年)という3冊の作品集に収録されている(すべて拙宅の書架に並んでいる)。『樹の花にて――装幀家の余白』(白水社、2000年、原著1993年)や『装幀の余白から』(白水社、2016年)など、魅力的な随筆集もある(いずれも拝読した)。
 『つつんで、ひらいて』は、そうした菊地氏の仕事の様子や日常生活の風景を追いかけた作品であり、菊地氏の仕事(と本ができる)の舞台裏を3年間にわたって記録した貴重なドキュメンタリーである。ご自身の装幀作業については『装幀談義』(筑摩書房、1986年)や『新・装幀談義』(白水社、2008年)で解説されているが、映画ではその実際の作業の現場を観ることができ、とても興味深かった(2月末にもう一度、出町座で鑑賞した)。
 何よりも、菊地氏の仕事が言葉の真の意味で「手仕事」であることに驚嘆した。菊地氏はパソコンを使わず、ハサミ、カッター、糊、セロハンテープ、シャーペン、消しゴム、定規などの道具を用いてその装幀作業を行っている(出力や仕上げはスタッフがパソコンで行う)。菊地氏独特の文字の配置(タイポグラフィ)をはじめとする、あの魅力的な装幀の数々が、こうしたアナログ的な作業によって仕上げられてきたとは想像しておらず、大いなる感銘を受けた。また、スタッフにミリ単位の修正を求める姿にも感じ入った。
 私が買い求めてきた菊地氏装幀の書物は人文書が多いのだが、映画の中で、「人文書の装幀はスミ1(黒一色刷り)のタイポグラフィだけで著者の世界観を表現できなければならない」との発言があり、菊地ファンとして、とても納得した。
 「デザインとは拵える(こさえる)ことである」。この発言は、菊地氏のデザインワークの特徴を象徴するものであろう(このことは映画のパンフレットで広瀬監督が指摘し、『ユリイカ』2019年12月臨時増刊号「装幀者:菊地信義」の「編集後記」でも言及されている)。装幀は自己表現ではなく、発注先があり、本という作品がある、相手(他者)のために何かをつくる作業である、と。
 上映終了後のトークショーでは、菊地氏から直接、珠玉の言葉の数々を伺うことができた。最初はメモを取らずに拝聴していたのだが、これはメモを取らずにはおられないと思い、カバンの中から慌てて手帳を取り出し、メモを取りながら耳を傾けた。
 以下、メモをした中から、いくつかの言葉を紹介したい。

 「本は人の心を綾なす道具」
 「本の触感は私を起動させるスイッチ」
 「本を読むことは私をつくること」
 「本とはひとつのモノである」
 「本の背は現代詩の一行一行。それを読むことで、心の中に何かが生まれる」

 とりわけ、「本を読むことは私をつくること」との指摘は、実感としてその通りだと感じる。豊潤な意味や世界を内包した本というモノと読者を媒介するために重要な役割を果たすのが、装幀であり、菊氏のデザインした本を通じて、私は自分自身をつくり上げてきた。

 私は齢50を超えたが、振りかえると、10代の頃から、菊地氏の装幀の大ファンだった。
 私の父親は倉庫業を営み、出版社や出版取次会社からの委託で書籍を預かり、管理する仕事をしていた。つまり、出版業界の末端にいた。
 高校生の頃、私は、夏休みや春休みに父親の会社でアルバイトをしていた(そのバイト代で書店で本を買っていた)。預かった本はカバーを変えたり、ソフトカバーの本であれば、本の天と地を研磨機で磨いて綺麗にしたり、スリップ(伝票)を取り替えるといった作業を行い、出版社や取次会社に発送した(ただ保管するだけの場合もあったと思う)。
 倉庫内にはパレット(輸送や物流用に用いる簀の子状の台)にうず高く積まれ、整理整頓された数多の本が所狭しと並んでいた。倉庫内を歩いていると、パレットに積まれた本の表紙が自然と目に入る(1台のパレットには同じ本が搭載されている場合もあれば、異なる本が搭載されている場合もあった)。
 そうした本の中で、いつも気になる本の束があった。(今はなき)福武文庫である。父親の会社では福武書店の本も扱っていた。そのカバーのデザインは、もちろん本ごとに違うのだが、どの本の装幀もなぜかいつも気になっていた。また、『井上光晴長編小説全集』全15巻(福武書店)の装幀(抽象画を用いたデザイン)もとても印象的だった。
 じつは、これらの装幀を手掛けたのが、菊地信義氏であった。
 もちろん、高校生の私が装幀家という仕事や、菊地氏の名前を知る由もない。10代の私が心惹かれた本の装幀を菊地氏が担当されたことを知ったのは、おそらく大学生か、大学院生の時に『菊地信義 装幀の本』(1989年)を入手してからである。
 では、「装幀=菊地信義」ということを、はっきりと意識したのは、いつからだっただろうか。それは大学生の時である。自宅から大学に向かうターミナル駅が池袋だったこともあり、大学生(と大学院生)の時にはリブロ池袋店(今泉棚!)が私の図書館だった。リブロで人文書の新刊を、リブロ内にあった詩の専門店「ぽえむ・ぱろうる」で詩集や評論を、さらには他の階にあった洋書店アール・ヴィヴァンで芸術関係の写真集や面白そうなCDをチェックする、というのが、私のルーティンワークだった。
 時は1980年代後半。まだ、ニューアカデミズム・ブームの余波があった時期である。買い求めた柄谷行人や笠井潔(マルクス葬送派!)らの書籍のデザインが気に入っていた。とくに柄谷氏の『終焉をめぐって』(福武書店、1990年)のような、白い余白に明朝体の字体でタイトルと著者名が独特のタイポグラフィによって、スミ1でデザインされている装幀に強く心惹かれた。この時に、「菊地信義の装幀」ということが自分の頭の中に明確にインプットされた。
 その後、リブロだけに限らず、他の新刊書店や古書店でも書棚を見ていて、背表紙から「これは菊地さんのデザインだな」とわかるまでになった。
 大学卒業後、2年間のブランクを経て、大学院に入学した。7年間におよぶ大学院生活(修士2年、博士5年)での「修行」によって、1999年3月に博士号を取得。博士論文を大幅に加筆修正して、単著『近代日本の日蓮主義運動』(法藏館、2001年)を刊行することができた。装幀は、高麗隆彦氏にご担当いただき、とても気に入っている(その後、高麗氏には『ブッダの変貌──交錯する近代仏教』<法藏館、2014年>や『近代仏教スタディーズ』<法藏館、2016年>といった共編著を装幀いただいた)。
 博士課程修了後、ポスドク生活による10年間の「修行」を経て、現在の勤務先に着任した。いつの頃からか、「次に単著を出す時には、菊地さんに装幀をお願いしたい」との気持ちを抱くようになった。
 2001年に単著を出してから、しばらく単著を刊行することができず(共著や共編著が多かった)、2012年、ぺりかん社から二冊目の単著、『近代仏教という視座──戦争・アジア・社会主義』を何とか刊行することができた。担当編集者のFさんに大変お世話になった(同学年のFさんとは大学は別だが、共通体験や話しが合うことが多く、きっと池袋のリブロや芳林堂書店ですれ違っていたはず)。
 装幀家を決める際、Fさんから希望を尋ねられたので、迷うことなく、菊地さんの名前を挙げた。Fさんのお力によって、実現した。夢にみたスミ1の素敵な装幀に仕上げていただいた。帯の大きさに驚き、帯を外した時の余白とタイポグラフィ、全体のデザインの美しさに感動した(ありがたいことに、本書の書影を『菊地信義の装幀』に収録いただいた)。

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 そして、2020年。
 前著刊行から8年を過ぎ、その間に公にした論文を中心とした第二論文集『近代仏教というメディア──出版と社会活動』を、ふたたび、Fさんのご担当で刊行することになった。『つつんで、ひらいて』を観たこともあり、今回の装幀も菊地氏にお願いしたい、と思っていた。ところが、菊地氏が事務所をたたんで、以前と比べて仕事を絞っておられるとのことで、今回は装幀をお引き受けいただけるかどうか、ぎりぎりまでわからなかった。しかし、Fさんにご尽力いただいた結果、お引き受けいただくことが叶った。今回もまた、スミ1の装幀である。感無量である。
 菊地さん、Fさん、誠にありがとうございました。

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 なお、父親の会社はすでに廃業しており、また、父もこの世から去った。私が本を好きになったのは、おそらく父親の仕事の影響であろうし、「菊地信義の装幀」と出会うきっかけをつくってくれたのは、父親である。感謝したい。
 『近代仏教というメディア』は、4月7日以降、書店に並ぶ予定である。

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Friday, 20 March 2020

森閑

 祝日だけれども、出勤し、原稿。
 学内は森閑としている。祝日ということもあるのだが、これほど静寂なキャンパスというのは本当に珍しい。
 いうまでもなく、新型コロナウィルスの影響なのだが、出勤している教員の気配も感じない(祝日や休日でもいつも同じフロアに数名はいるのだが)。
 何とか今月中に数本、原稿を仕上げたい。
 学内の桜が咲きつつある。

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Thursday, 19 March 2020

卒業式

 弊学の卒業式は、新型コロナウィルスの影響によって、中止となった。今年度の4回生たちが不憫でならない。
 卒業式は中止になったものの、卒業式が催されるはずだった日(昨日3月18日)に晴れ着で来校した学生たちもいた。友人や教員と記念写真を撮り、別れを惜しんでいた。私のゼミの学生も数名が拙研究室に来訪してくれた。一緒に写真に納まることができた。
 新型コロナウィルスは世界各地で猛威を振るっているが、私の周辺でも研究会や学会が中止や延期になるなど、影響が顕在化しつつある。今しばらくは感染の拡大を防ぐため、まずは自分の身の回りで注意するほかないであろう。
 4月の入学式も中止が決まり、4月以降のスケジュールがどうなるか、学内で検討が続いている。予断を許さない状況である。
 1月から2月にかけて編集に取り組んでいた3回生の調査報告書、4回生の卒業リポート集は、何とか、無事に完成した。それぞれ今年度も充実した仕上がりとなった。

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 できれば、4回ゼミ生(9期生)に卒業リポート集を、直接、 手渡ししたかった。それができなかったことが残念でならない。昨日は、「大谷ゼミ9期生の思い出」と称するアルバム(ゼミの授業風景や行事を撮影した写真をまとめたもの。全99枚!のスライド)をパワーポイントで作成し、ゼミ生たちに送信した。
 ゼミ生、卒業生のみなさん、ご卒業、誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。ゼミ生のみなさんは、状況が落ち着いたら、集まりましょう。

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Monday, 24 February 2020

東北大学へ

 2月8日のシンポジウムの終了後、定期試験の採点をはじめとする校務以外に、京都のインフォーマルな研究会での発表(2/17)、単著のゲラ校正、仙台でのシンポジウム聴講と研究会での発表(2/22)と続き(さらにはスマホが壊れるという事態も発生)、早朝出勤と週7日勤務で何とか乗り越える(ゲラ校正でご迷惑をおかけして恐縮の限り)。
 今月下旬からは来月は、ゲラの校正と原稿の執筆に尽力したい(単著の情報については、また後日)。
 
 先週末の21日は東北大学で開催された日本学研究会第1回学術大会に参加。大会テーマは「文学におけるジェンダーと宗教」。
 午前中は大学院生による発表。午後はパネルセッションと基調講演。私は午後から参加した。
 パネルセッション「近代日本文学のなかの宗教と女性」には、近代仏教研究者仲間の牧野静さんと大澤絢子さんが登壇。牧野さんが「宮沢トシの信仰とジェンダー」、大澤さんが「「物語る」歴史学―親鸞と恵信尼はなぜ夫婦なのか」をご発表。ほかに、平塚らいてうと樋口一葉に関するご報告がなされ、全体を通じて大いに勉強になった。「近代仏教とジェンダー」の問題系を検討することの重要性と必要性を強く認識した。
 佐藤勢紀子先生の基調講演「仏教思想とジェンダー ―『源氏物語』を対象に」は、詳細なテキスト分析にもとづく刺激的な内容だった。
 翌22日は、同じく東北大学で行われた共同研究「越境する日蓮主義の基礎研究―トランスナショナル・ジェンダー・スピリチュアリティ」の第2回日蓮主義勉強会に出席(この共同研究は今年度から始まったプロジェクトで、代表は東北大学のゴダール・クリントン先生。佐藤弘夫先生、ユリア・ブレニナ先生、大谷がメンバー)。
 今回の研究会のテーマは、「日蓮主義における女性とジェンダー」。プログラムは、以下の通り。

報告1 大谷栄一 (佛教大)「日蓮主義者の女性観」
報告2 ゴダール・クリントン(東北大)「東亜連盟運動の女性達」
報告3 ブレニナ・ユリア(大阪大)「松平俊子と日蓮主義―華族女性の信仰とプラクティス」
コメント 佐藤弘夫 (東北大)
ディスカッション 

 研究会はオープンにしたため、数名の近代仏教研究者、東北大学の院生も参加され、活発な質疑応答がなされた。
 私の報告は、「近代仏教とジェンダー」に関する先行研究を整理したうえで、本多日生、佐藤鉄太郎、松森霊運の女性に関する言説をまとめたもの(また、村雲日栄と村雲婦人会にも言及)。まだまだ分析は不十分。これまで自らの日蓮主義研究ではジェンダーの問題を主題化することがほとんどなかったので、この共同研究を通じてじっくりと取り組みたいと思う。
 今回、ホテルと東北大学の往復で市内を散策する時間がなかったのだが、かろうじてbook cafe「火星の庭」を訪れ、古本を物色する。次は古書店「萬葉堂書店」を訪れる時間を確保できればと思う。

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Tuesday, 11 February 2020

シンポジウム「現代日本の戒律と生活倫理」終了の御礼

 去る2月8日、佛教大学宗教文化ミュージアムでシンポジウム「現代日本の戒律と生活倫理」が開催され、無事に終了した。
 会場は交通がとても不便な場所にあるにもかかわらず30名を超える方々にご来場いただき、感謝申し上げたい(研究者や僧侶の方々より、一般の方々の参加が多かった)。

 プログラムは、以下の通り。

開会の挨拶 小野田俊蔵(佛教大学歴史学部教授、宗教文化ミュージアム館長)

第1部 上座仏教と天理教にみる戒律と生活倫理
コーディネーター:大谷栄一
発表:佐藤哲朗(日本テーラワーダ仏教教会編集局長)
   鈴木正一(宗教法人天理教職員)

第2部 日本で生活するイスラム教徒
コーディネーター:小野田俊蔵
対談:アルコチ・ルザ(日本トルコ民間友好協会アドバイザー)、小野田俊蔵

質疑応答

 第1部では、佐藤先生に「テーラワーダ仏教と戒律の実践」、鈴木先生に「天理教における戒律と生活倫理」と題して、ご講演いただく。
 佐藤先生には、近年の日本で「瞑想仏教」というイメージが定着しつつあるテーラワーダ仏教の戒律の意義や特徴について、大変わかりやすく解説いただいた。テーラワーダ仏教の戒律とは、(堅苦しい苦行というよりは)お釈迦さまからいただく課題、宿題であること、戒律実践がマインドフルネスと呼ばれる気づき(sati)の実践にもなることなど、興味深い指摘が続いた。
 また、鈴木先生からは天理教には戒律はないが、生活倫理として、「8つのほこり」(を払うこと)や「朝起き、正直、働き」という教えがあるとご教示いただく。天理教の根本は「神人和楽の陽気ぐらし」にあり、「人を助けてわが身を助ける」との姿勢があるとのご指摘も印象的だった。
 第2部では、小野田先生がアルコチ・ルザ先生にイスラム教徒の生活倫理(飲食のハラール、ラマダーンの断食、日々の礼拝など)について問いかけ、アルコチ先生がその問いかけに丁寧に説明いただくという形式で進行した。
 質疑応答ではフロアと登壇者との間で活発なやりとりがなされ、終了。
 諸宗教の日常的なプラクティス(とその前提にあるビリーフ)をわかりやすく説明いただき、そこから現代日本における戒律と生活倫理の意義や役割を考えるという企画になったのではないかと思う。私自身も大いに学ばせていただいた。
 登壇者のみなさま、ご参加いただいたみなさまにあらためて感謝申し上げたい。
 なお、来年度は浄土系の宗派で継承されている「圓頓戒」の現代的意義をテーマとしたシンポジウムを開催予定(コーディネーターは佛教大学の齊藤隆信先生)。詳細が決まったら、お知らせしたい。

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Thursday, 06 February 2020

風花の舞う日

 立春を迎えたが、この数日、京都もすっかりと冷え込み、今日は一日中、風花が舞っていた。
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 1月中旬以降、通常の校務に加え、3回生の調査報告書、4回生の卒業リポート集の編集と印刷所への入稿、東京での研究会(第22回「仏教と近代」研究会:大澤絢子『親鸞 六つの顔はなぜ生まれたのか』書評会)と会議など、慌ただしい日が続く。
 今週は定期試験ウィーク。採点が待っている。
 慌ただしさの合間をぬって、先月は映画と展覧会へ。
 1月19日は京都のミニシアター出町座で映画『つつんで、ひらいて』を鑑賞。装幀者・菊地信義氏の日常を追いかけたドキュメンタリー(私は10代の頃から、菊地さんの大ファン。単著『近代仏教という視座』の装幀は菊池さんにお願いすることができた)。上映後のトークショー&サイン会にも参加し、パンフレットに広瀬奈々子監督と菊池さんのサインを頂戴する。
 1月26日は前橋文学館で開催されていた『萩原恭次郎生誕120年記念展』へ(何とか最終日に間に合う)。その第一詩集『死刑宣告』(1925年)は10代の頃からの愛読書。大変見ごたえのある展覧会だった(『死刑宣告』の装幀がデザインされたオリジナル・バンダナを購入したのだが、どう使えばよいのか、迷う 。これで弁当箱を包んでよいのだろうか)。

 今少し、校務に励み、早く原稿執筆を再開できればと思う。

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