『モダン都市の仏教』をめぐって
安食文雄氏の『モダン都市の仏教―荷風と游と空外の仏教史』(鳥影社、2006年)を購入した。氏の前著『20世紀の仏教メディア発掘』(鳥影社、2002年)は興味深い評論集だったが、今回の『モダン都市の仏教』も読み応えがあり、新しく知る事実やトピックも多く、勉強になった。
前著では、野依秀市、友松円諦の真理運動、石丸梧平、『通俗佛教新聞』、『眞人』、『大法輪』が取り上げられており、近現代日本仏教史のマイナーな人物や雑誌、有名だが詳細は知られていない運動が丹念に紹介されていた。
今回もこうしたスタンスが保持され、さらに幅広く、近現代日本仏教に関する歴史的事実が狩猟されている。
本著のキーワードは、「モダン都市の仏教運動」である。
安食氏は、海野弘氏の名著『モダン都市東京 日本の一九二〇年代』等の「モダン都市」論を踏まえて、「モダン都市で展開されたさまざまな仏教運動や都市生活に溶け込んだ宗教風俗」を取り上げることの意義を説く。そのうえで、歴史仏教、伝統仏教の職業集団としての「教団仏教」に対し、明治以降の在家信者中心、若手教団人中心で、社会に公開された信仰運動を「モダン都市の仏教運動」と定義する。
その実例として取り上げられているのが、杉村礎人冠、真宗本願寺派の女性雑誌『婦人』、『現代仏教』、妹尾義郎の新興仏教青年同盟、『新仏教』、高島米峰と丙午出版、富士川游、山本空外等の人物や運動、雑誌である。
こうした興味深い対象が論じられることで、本書全体を通じて、「モダン都市の仏教運動」が見事に浮き彫りになっている、というのが率直な読後感である。
ただし、「モダン都市の仏教運動」という定義はどうだろう。モダンは、「都市」のみならず、「仏教」にも当てはまると考えるべきだろう。つまり、「モダン都市のモダン仏教」と規定されるべきであり、私の観点から言うならば、上記の対象の多くが、近代の仏教改革運動の関与者(それに関する動向)である。
これは、対象とされている「仏教」をどのように定義するのかという、「近代仏教」の根本的な性格に関する把握の問題である。この定義をより厳密にすることが近現代日本仏教史を考えるうえでの根本問題である、というのが、私の立場。
また、一点、事実誤認があったので、指摘しておきたい。
安食氏は、昭和6年4月に創刊された、新興仏教青年同盟の機関誌『新興仏教の旗の下に』創刊号(昭和6年4月号)を古書店で入手したことを、本書で紹介している(74~75頁)。そして、新興仏青に関する基本文献である稲垣真美氏の『仏陀を背負いて街頭へ―妹尾義郎と新興仏教青年同盟』(岩波新書、1974年)の中で、日蓮主義青年団が新興仏青に発展的に解消する際、日蓮主義青年団の機関誌『若人』の通巻号数がそのまま新しい機関誌『新興仏教の旗の下に』に引き継がれた、と指摘されていることに対して、次のように言う。
「稲垣氏はここで事実誤認している。筆者が手にした『新興仏教の旗の下に』の創刊号を見ると第一巻第一号とあって、『若人』からの通巻号数は全く明記されていない。つまり、両誌は、少なくとも『新興仏教の旗の下に』の創刊当時、全く別の雑誌と位置づけられていたのである。」(76頁)
私が全国各地を回って閲覧した『新興仏教の旗の下に』を確認すると、確かに創刊号の奥付には、「第一巻第一号」とある。しかし、翌号(昭和6年5月号)の奥付を見ると、「第十二巻第五号」と通巻号数が掲載されており、それ以降も通巻号数が記されている。さらに昭和6年9月に『新興仏教』に改題されてからも、通巻号数が明記されている。
つまり、稲垣氏の指摘が正しいわけである。
安食氏は、創刊号以外を手にされなかったので、こうした指摘がなされたものと思う(引用の後半部分に「創刊当時」という留保があるので、それ自体の指摘は正しいのだが、ここでは、創刊号以降のことも問題にしたい)
このことは細かい事実関係ではあるが、日蓮主義青年団と新興仏教青年同盟の関係が、妹尾義郎の中でどのように位置づけられていたのかを考える時、この通巻号数の問題は大事である。
妹尾の中では、日蓮主義から新興仏教への進展は時代的な必然性があった(という認識な)のであり、戦前の日蓮主義青年団から新興仏教青年同盟、そして戦後の仏教社会同盟、全国仏教革新同盟の流れは一貫したもの(として認識されていたの)だった、というのが、私の見解である。
こうしたことを考えるうえで、通巻号数の問題はなおざりにできないと考え、長々と書き記した次第である。
新興仏教青年同盟の運動を含めた近代の仏教改革運動について、その本格的な通史を、将来的に公にしたい(と決意表明?)。
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Comments
星野さん。
貴重なコメントをありがとうございました。
国際宗教研究所のNL、拝読させていただきますね。
この本は個別のトピックはとても面白いのですが、全体としてのテーマや一貫性を考えた時、不満が残るというところでしょうか。
近代仏教史をどのように記述するのか、という大きな問いがやはり残りますね。
Posted by: otani | Thursday, 26 October 2006 at 08:54 AM
大谷さん、
丁度私も国際宗教研究所のNL書評で同書を取り上げました。読みながら大谷さんならどう読むのだろうかと思い、いずれお伺いしようと考えていたのですが、こちらで早速レビューを書かれたのですね。私のblogからリンクさせて頂きました。
いずれお会いしたときに、より突っ込んだ話を聞かせて頂きたく思っております。
Posted by: 星野靖二 | Thursday, 26 October 2006 at 01:11 AM